佐賀県の公文書開示制度を使って佐賀県立高等学校の無線LAN環境に無線LANコントローラが採用されなかった理由を考える

2013年度、佐賀県が実施した「全県立高校での生徒用タブレット端末導入のための無線LAN整備」には12億1200万円が使われた。*1

一方、「全県立高校での生徒用タブレット端末導入」については、導入初年度である2014年春、教材のダウンロードに係るトラブルが続出していた。*2

教材の配布方法のまずさとそうせざるを得なかった諸事象は、調べるといろいろ出てくる*3 *4のだが、各校に導入された無線LANインフラがどういった仕様になっているのか、佐賀県の事例は全県立高校への無線LAN環境の整備という点でも先進的であるが、はたしてその環境は見習うべきものなのかどうか気になったので、佐賀県の公文書開示制度を使って調査してみた。

佐賀県の公文書開示制度の概要は下記の通り。請求できるのは佐賀県民に限られていない。
http://www.pref.saga.lg.jp/web/j-gaiyou.html

■公文書開示制度とは
佐賀県情報公開条例に基づき、県が保有する公文書について、みなさんからの請求があれば原則として開示する制度です。

■公文書の開示請求ができる方
県内に住んでいる方に限らず、どなた(どの団体)でも請求することができます。

■開示請求できる公文書
実施機関が作成し、又は取得した文書、図画及び写真並びに電磁的記録(フロッピーディスクビデオカセットテープなどに記録された電子情報)であって、当該実施機関が組織的に用いるものとして管理しているもの

まず取っ掛かりとして、佐賀県の入札公告した「佐賀県学習用 PC 等管理・運用等業務委託契約に関する調達仕様書」 がある。オリジナルは既に県のHPには掲載されていないが、web.archive.orgにアーカイブされたものがある。*5
この調達仕様書においては、校内LANおよび学習用PCのシステム構成に関する情報が得られるが

1.2.調達の概要 「学習用 PC 等が繋がる校内 LAN については、平成 25 年度内に県立高校の全ての普通教室への無線 LAN の整備や LAN の増強といった再構築工事を完了する」

より、平成25年度に県立高校において無線LAN環境の整備を実施する計画であったことがわかる。

件の入札について検索してもなかなかヒットしないが、関連工事として、2013年6月13日に「佐賀県立学校校内LAN機器等整備(更新)工事監理委託」が公告されているのを見つけた。*6 しかし、入札説明書等関連ファイルは全て既に県のHPから削除されていたため、まずはこの件に関する公文書について開示請求を行うこととした。
(なお、工事監理委託についてはニシム電子工業株式会社佐賀支店が25,535,000円で落札し、他に西日本電信電話株式会社佐賀支店が26,450,000円で入札している。)

開示請求により入手した公文書において、理解を進める助けとなったのは「佐賀県立学校校内LAN機器等整備(更新)工事 特記仕様書」(平成25年3月 佐賀県)である。

3. 校内LAN仕様
3.7 ネットワーク機器仕様
(2) 学校設置機器
12 無線LANアクセスポイント (参考機種:DAP-2690)
無線LAN機能 IEEE802.11a/b/g/n (IEEE802.11a のW52/W53/W56 対応)、2.4GHz/5GHzデュアルバンド(同時利用)、無線最大スループット300MHz以上、送信出力設定、チャネル設定、接続制限設定、QoS、集中管理対応(※無線LANコントローラもしくは管理用ソフトに対応すること)

無線LANコントローラもしくは管理用ソフトに対応すること、と書かれているが、参考機種として挙げられているD-Link DAP-2690はスタンドアローン型であり*7無線LANコントローラ」にて集中管理されるアクセスポイントではない。「無線AP管理ソフトウェアであるAP Managerを利用することで、多数のAPのグルーピングや一括設定などを遠隔から行うことも可能」となっており、これが県の仕様に書かれている「管理ソフト」を指している。

しかし、無線LAN環境を大規模に整備している大学等においては「無線LANコントローラ」で集中管理する環境が多く選択されており、例えばAruba Networksのケーススタディでは神戸大学奈良先端科学技術大学院大学群馬大学早稲田大学東京大学東京医科歯科大学の事例が*8Cisco Systemsケーススタディでは北陸先端科学技術大学院大学の事例など*9が掲載されている。いくつかの大学は2000年代に独立型の無線APからコントローラ型への移行を選択しており、無線LANコントローラによる集中管理による利点は大きいことはよく知られている。
残念ながら今回の佐賀県の調達においては、仕様書に上記のように定められている以上、無線LANコントローラ型のAPを提案してくる業者はいない。 一般的に無線LANコントローラ型のAPの方が高価であるが、県が独立型のAPでもよいと言っている以上、高価な無線LANコントローラ型を提案しても入札で負けるのは目に見えている。

なぜこのような仕様になったのか?
そのヒントは、先の公文書開示によって得られた 佐賀県立学校校内LAN機器等整備(更新)工事管理委託の「公告」にあった。

3 入札手続き等に関する事項
(2) 関係資料の閲覧
関係資料は、「佐賀県立学校校内KAN機器等整備(更新)特記仕様書別紙4〜8」「佐賀県立学校校内LAN機器等整備(更新)事業 調査設計業務委託報告書」「佐賀県公共ネットワーク機器整備更新工事完成図書」とする

これにより、実際の工事に先立って「佐賀県立学校校内LAN機器等整備(更新)事業 調査設計業務委託」が行われていたことがわかる。

改めてこの業務委託について、佐賀県に対し公文書開示請求を行ったところ、一部の情報についてはセキュリティ上の理由で開示されなかったが、必要な個所については開示してもらうことができた。なお、本件はニシム電子工業株式会社佐賀支店が17,700,000円で落札しており、他に入札した業者はいない。

佐賀県立学校校内LAN機器等整備(更新)事業調査設計業務委託仕様書」にはこうある。

1. 業務委託目的
佐賀県では、佐賀県内の全県立学校(45か所)において先進的ICT利活用推進事業を推進するにあたり、各学校の校内LAN等の老朽化や容量不足等の解消及び各教室等への無線LAN導入を計画している。本業務では、計画を実施するに当たり、学校教育ネットワーク※1全体で最適となる校内LAN等の再構築(機器等更新)及び無線LAN導入等を行うため、各種要件を明確にし、これに続く整備を可能とするために必要な設計、費用積算等の業務を行うことを目的とする。なお、委託業務の実施に当たっては、校内LAN等の利用状況等を把握し、以下の課題に対応した最適なネットワーク構成、機器の仕様、移行計画、保守要件等を作成する。

※1 「学校教育ネットワーク」とは、佐賀県公共ネットワークを基盤とし、佐賀県内の全県立学校、教育センター及び佐賀県庁等を結ぶネットワークである。

2.2.5 無線LAN等の接続性の向上
授業等で利用する情報端末などの使い勝手を考慮すると、無線LANの利用は必須である。しかしながら、無線LANについては電波干渉等の様々な課題があり、安定的に接続性を向上させるためには、設計上の考慮は必要不可欠である。

そして、完成図書である「佐賀県立学校校内LAN機器等整備(更新)事業 調査設計業務委託報告書」ではこう結論づけられている。

3.7 無線LAN設計
3.7.1 設計要件
(略)
(1) 設計の前提条件
(略)
平成23年度に無線LANの先行整備を行った学校では、無線LANコントローラを導入することで集中管理型の無線LANシステムの構築を行ったが、外来波等の干渉の影響により、結果的として、無線LANコントローラの特徴である自動電波調整機能の利用ができず、現在は自律型の無線LANシステムとして運用している。

3.7.4 安定性
(略)
(2) チャネル設計
無線LAN利用の際には、校舎の構造や部屋の配慮により、無線LANアクセスポイント同士の電波干渉が発生する恐れがあることから、電波干渉の発生しないチャネル及び電波強度の調整を行うものとします。
なお、チャネル設計を容易とするために、電波の自動調整機能がある無線LANコントローラの導入検討も行いましたが、平成23年度に無線LANの先行整備を行った学校における、無線LANコントローラの導入の結果より、無線LANコントローラの最大の特徴である電波の自動調整機能の活用ができない可能性があること、また導入コストが高額であることから、今回の更新工事においては、無線LANコントローラの導入は行わないこととします。

3.7.7 管理性
今回の無線LANアクセスポイントの導入に際しては、その数量が多いことから、構築後の管理性も考慮する必要があります。
無線LANの管理を一元的に行う代表的な機器として、無線LANコントローラがあり、無線LANアクセスポイント間の出力電波の自動調整や設定情報の管理等を行います。しかし、今回の構築においては、3.7.4項に記載する事由から無線LANコントローラの導入を行いませんので、その代わりとして、構築後の運用管理を容易とするための、管理ツールを導入することとします。無線LANの管理ツールは、各無線LAN機器メーカが無償で提供しているものがあり、同ツールを用いて、校内の無線LANアクセスポイントの各種設定情報の表示、設定(電波出力強度設定等)、及び管理(故障情報やログの管理等)を行うことが可能です。

導入コストが高額であるのはわかる。しかしなんだこの結論。
先行整備を行った学校で導入した特定のメーカの無線LANコントローラで自動電波調整機能の利用ができなかったからといって、全メーカの無線LANコントローラを検討対象から外してしまっている。しかも、無線LANコントローラの特徴は自動電波調整だけではないが、それらには全く触れられていない。(例えば、Aruba NetworksのAdaptive Radio Managemetにおいては、クライアントの負荷をバンド・ステアリングによって2.4GHz帯と5GHz帯に分散させチャンネル・リソースを適切に割り当てたり、単一チャンネルまたは単一APのオーバーロードを防止したり、低速クライアントがリソースを独占しないようにするといった機能が搭載されている)

平成23年度に無線LANの先行整備を行った学校、というのを探してみたところ、総務省佐賀県の成果報告書があった。
http://www.soumu.go.jp/main_content/000161891.pdf

「フューチャースクール推進事業」成果報告書 平成24年3月 佐賀県

実証校 佐賀県立武雄青陵中学校


4.ICT機器の配備・使用状況
4.2 ICT環境構築の内容
(4)無線LAN及びネットワーク
アクセスポイント(以降AP)については、機器運用管理負荷軽減のため、集中管理が可能なものを選定した。また、タブレットPCの台数が500台を超えるため、端末導入数規模のMACaddressの登録が可能で、そのフィルタリングが可能なものを候補とした。

無線LANスイッチ D-Link DWS-4026 数量1
無線LANアクセスポイント D-Link DWL-8600AP 数量42

6.3 ICT環境の利活用に際しての情報通信技術面等の課題の抽出・分析
6.3.1 ネットワーク環境や通信レベル
(2) 課題
実証校では顔認証システムを導入している。1月から2月初旬の導入時には、顔認証システムに関わる課題が多くみられた。顔認証に関わる課題とは、その多くが「顔認証でのログインできない」というもので、無線の出力が強く、遠くにあるAPに接続してしまう端末が多かったことが起因していると考えられる。そのため、遠くのAPに接続したと推定される端末の無線の出力を100%から下限30%に変更して対応したところ、ログインができるようになった。
このほか、平成24年3月時点での課題は下記の二点である。無線LANのチャンネルが変化する理由として、電波法の気象レーダー波等を検知したらチャンネルを自動変更する仕様に影響されている可能性がある。また、ログインできない端末がある理由としては、既存 Layer2HUBの通信許容の問題等から通信が滞る可能性があることや無線の出力が強く、意図しないAPにつながっている可能性があると考えられる。

無線 LAN のチャンネルが固定で設定しているにもかかわらず、動的に変化している。
⇒チャンネルの変更が発生しないよう、常時モニタリングを行う。
一斉ログインを行った時に、ログインできない端末が存在する。
⇒普通教室棟の既存 Layer2HUBを経由させず、通信させる方向で検討を行う。無線出力を段階的に調整する。

D-Link推しである。
なぜD-Linkの無線LANコントローラを上手く使えなかったから(あるいはD-Linkがいまいちアレだったから)といって、次の全校導入の参考機種がD-Linkの独立型なのだ。Cisco、Aruba、Meruといったメーカは他にいろいろあるのに。

先の「佐賀県立学校校内LAN機器等整備(更新)事業 調査設計業務委託報告書」において

3.7.8 メーカ比較(参考)
3.7.2項〜3.7.7項に記載した検討結果を元に、無線LANアクセスポイント各メーカ製品の仕様比較を行った結果は、「別紙3.7.8-1 無線LANアクセスポイント仕様比較」をご参照ください。

と記載されているが、残念ながらこの別紙は現在入手できていない。

最終的に、「佐賀県立学校校内LAN機器等整備(更新)工事」については、九電工・岡田電機建設共同企業体が 1,125,592,663円(うち機器単体費 719,086,630円)で工事を終えている。
一連の事業に関わったニシム電子株式会社、九電工、ともに九電グループであるのは興味深い。
http://www.kyuden.co.jp/company_outline_group_index.html

今週は、佐賀県立高校(致遠館高校、武雄高校、唐津南高校、有田工業高校鳥栖商業高校)において「フリー参観デー」が催されるようだ。
https://www.pref.saga.lg.jp/web/kurashi/_1018/ik-ict/_77482/_77572/_81271.html
「フリー参観デー」に係る一般の方のご参加は、いずれも事前申込みは不要です。どうぞ自由にご来場ください。とのこと。
機会があれば一度訪問してみたい。